そして、麻斗は授業を真面目に受けるようになる。早弁もしない、居眠りもしない―――無論、”ガリ勉”麻斗から見ればそれは当然のことなのだが。
そのことは教師達を驚かせ、次第に全校に広まっていった。もともと麻斗がシンデレラということをほとんどの生徒が知っていたから、広まりやすかったのだろう。
夢野はそんな麻斗を見ながら、斜め上を仰いで、目をうっとりとさせた。
「紫垣君って、先生のためならあそこまでイメチェン出来る人だったんだぁ…

感動しちゃうよぉ……

ねぇ、綺?」
「え、あ、いや、うん、夢野…。それは、違うんじゃ―――」
綺はどう返したらいいかわからなかったが、とりあえず返答する。
こうして日は経ち、迎えた帰りのホームルームで行われるテスト結果返却の日―――。
教室内で一喜一憂し、騒ぐクラスメートの声も耳に入らないほど、”ガリ勉”麻斗は成績表を食い入るように凝視していた。
ケアレスミスで落としてはいるものの、全て90点代だ。なのに何故、自分は3位なのだ。一体、この自分より上の奴は誰なんだ―――。
ふと顔を上げると、高菜聖と目が合った。
彼はニヤリと笑うと、視線を動かす。思わずその先をつられて見ると、璃蓮綺がいた。
再び聖に視線を戻すと、彼はまたニヤリと笑う。
”ガリ勉”麻斗はそこで悟った。
そうか、この二人が自分の上なのだ。
高菜聖には負けるまいと思っていたのに、まさか璃蓮綺にも負けるとは―――。
彼はあまりのショックで魂が抜けたようなふにゃふにゃとした顔になると、失神して机に額をぶつけた。
聖は”ガリ勉”麻斗が失神したのを確認すると、綺を手招きしながら麻斗の席の前に立つ。
事もなげに彼の成績表をめくり、綺にも見えるように持って一瞥し、舌打ちをした。
「何だつまらない。この程度か」
「(確かに聖君とあたしはオール満点だけど…。でもあたしは今回頑張ってこれで、いつもはこんな感じなんだけど…)まあ、30位以内に入ってるだから、そこまで言わなくても―――」
聖は黙ったまま成績表を置くと、麻斗のぐるぐる眼鏡を剥ぎ取り、綺麗に整えられた髪をぐしゃぐしゃにし始めた。
綺は驚いて声を上げる。
「ひ、聖君?!何をして―――」
「こいつの恰好を元に戻す。すぐばれたらつまらないからな。璃蓮、起きそうになったら殴って失神させろ。もししなかったら俺がする。部屋も元に戻しておいてくれ」
彼は真顔のまま言うと、今度は学ランのボタンを適度に外す。
綺はもし聖が殴ったら容赦ないと思ったので、麻斗がうっすら目を開ける度に軽く殴ったが、それだけで失神してしまった(家に帰った後、綺は言われた通り部屋を元に戻した)。
ホームルームが終わってから、夢野の成績表を見て30位以内に入っていることを確認すると、4枚の成績表を持ち、3人で校長室に向かう。
「これでいいですか、教頭先生」
聖の見せる4人の成績に、教頭は声も出なかった。
彼は悔しそうに眼鏡を上げる。
「ふ、ふん。まあいいでしょう。ところであと一人、足りない気がしますが?」
「彼は予想外の好成績に失神して、教室にいます」
またもや真顔の嘘に、綺は少し青ざめて目を逸らす。
だが保健医ならば見抜けたであろうこの嘘は、教頭には見抜けなかった。
校長は嬉しそうに頬を赤らめて言う。
「皆さんよく頑張りましたな。今日にでも日下部先生の謹慎を解きましょう」
「わぁ、本当ですかぁ?やったぁ!」
夢野ははしゃぎ、綺は安堵して息を吐いた。
翌日、校長の言う通り陽菜は復帰し、クラス全員に歓迎される。
無論麻斗はわけのわからないままとっていた好成績に大はしゃぎしたが、聖に何かされたんだと了解したクラスメートは何も言わなかった。
終了式の日―――。
教室で、まだ麻斗は喜んでいた。
「なぁ、オレ凄くね?オール90点代だぜ?」
「はい!本当に凄いです、紫垣君!」
陽菜も同意する。
事情のよく知らない二人に、知ってはいるものの経緯は知らない夢野は首を傾げた。
「ねぇ、紫垣君」
「んだよメルヘン」
「イメチェンしたこと、本当に覚えてないのぉ?」
夢野はかなり残念そうだ。
聖は夢野の頭にぽん、と手を置く。
「言っても無駄だ、柊」
「むぅ」
「何のことだよ」
「さあな」
「わけわかんねぇよ!」
麻斗は怒鳴るが、聖は当然びくともしない。毎回このような状況になり、聞いても、彼は夢野を黙らせ、かつ答えてくれないのだ。
そうこうしていると、二人の男子のクラスメートが近づいて来て、聖の肩を叩いた。
「なあ高菜ー。いい加減教えてやれって」
「そだよ。何かさすがに麻斗が哀れになってきた。ほら、コレ。テスト前のお前だよ」
差し出した携帯の画面に写っていたのは、休み時間に勉強する”ガリ勉”麻斗。
聖は不服そうにそっぽを向く。
麻斗は目を剥いて、画面を凝視した。
「うぇえ、これオレ?!うわ何キモ!つかどういうことだよ聖!これやったのお前か?!何したんだよ!」
麻斗に襟首を掴まれた聖は、麻斗の手を払いながらつまらなさそうに答える。
「催眠術だ。お前にベクトルを教えた時、これは無理だと思った。だからお前にガリ勉になるよう、催眠術をかけた」
麻斗は声も出せず、口をわなわな震えさせた。道理で自分の記憶が抜け落ちていたわけだ。
陽菜は少し違うところに感動しながら言う。
「はわ〜、高菜君ってすごいですね〜」
「ありがとうございます」
「つかやるなら、フツー当人に了承得るだろ!」
「もし俺が聞いたとして、お前は了承したか?しないだろう、気持ち悪いと言って。だからやった。まあいいだろう、もう一人のお前はお前がとれない順位をとり、先生を助けたのだから」
上手く言いくるめられて反論できず、麻斗は喉を唸らせる。確かに、拒否するだろうし、自分では30位以内に入れなかっただろう。
その時、携帯の着信音が鳴った。
聖の携帯だったらしく、取り出して開く。そして言った。
「聞け、麻斗。今お前の両親からメールが来た」
「…へ?何、いつの間にメルアド交換してんの?」
「会った時だ」
「何ィーー?!」
「それで、シンデレラのDVDがアメリカで大繁盛だそうだ。良かったな、麻斗。つまり、アメリカでもお前のシンデレラ姿が見られている、ということだ」
「―――何ィーーーー??!」
ショックを受ける麻斗の横で、二人の男子のクラスメートは喜ぶ。
「うわぉ、マジで?!」
「皆に言おうぜ!」
「オーケィ!」
「つあ、待て、お前ら!」
麻斗は走り出す二人を止めようと叫ぶが、二人の姿はすぐに見えなくなった。このことは今日中にでも広まるだろう。
夢野は頬を膨らませて言った。
「別にいいと思うよぉ?だってあの劇、楽しかったもん!」
「それはお前だけだ!オレはすっっっっっげぇやだった!」
陽菜は怖ず怖ずと手を上げる。
「あ、あの、私も、楽しかった、です!」
「ヒナーー!!お前もかっ!」
「と、いうわけだ。諦めろ、麻斗」
眼鏡を上げて淡々と言う聖に、麻斗は耐え切れなくなって怒鳴った。
「ざけんなーーー!」
「わ、わ、お落ち着いて、麻斗君!」
綺は暴れる麻斗を押さえたが、容赦するのを忘れたことが麻斗に災いする。
「いぃってぇ!離せ、離せ綺!関節外れる!」
「え、わわ、ごめん麻斗君!」
彼女は慌てて麻斗に謝った。
痛む肩を押さえ、痛みでじわりと滲む涙を拭う。
絶叫した麻斗の声は空にこだました。
「お前ら人のことを少しは考えろーー!!」
その言葉に、聖はぼそりと呟く。
「充分人の気持ちを考えていると思うが」
「お前が言うなお前が!」
<完>
***あとがき***
やっと終わりましたー!
何かまだ終わったという実感がありませんが、終わりましたよ!
友人からのリクエストがありますが、それは別ですたい。
多分これ初めて完結まで書けた作品。うわはい感動でっさぁ。2年半書いてたからなぁ。だから実感がないのか。
モデルになってくれた方、本当にありがとうございました!この作品の脇役はかなり濃くて、たまにメインを食っていたりしましたが(笑)
では、変人五重奏本編は終了です。長く読んでいただき、ありがとうございました!