その女子高生こと、水無由夜(ユヤ)は体育館へと向かっていた。
扉の前に立ち、控えめにノックして、しばらく待つ。すると、胴着をまとった一人の女子がでてきた。
「どちら様で…って、由夜じゃん!」
藍堂遼子(リョウコ)は手を合わせ、嬉しそうに笑った。彼女は由夜の唯一無二の親友で、柔道部員でもある。今度大会に出場するんだ、と照れたように語っていた。
「前に言ったオススメの洋服店、今日バーゲンなんだ。
だから出来れば一緒に帰りたいと思って。1人じゃどうせつまらないから」
由夜は顔にも声にも感情をこめず、淡々と語る。これは男の場合のみというわけではなく、女相手もこんな感じだ。細かく言えば、男の場合より女の場合の方が、口調と雰囲気が幾分柔らかい。
「ん〜…今丁度キリがいいからね〜…もしかしたら帰れるかも。部長に聞いてくるからちょっと待ってて」
と言うなり、彼女は体育館へと戻ってしまった。
由夜は手持ち無沙汰になったので、鞄から本を出して、読み始める。無論その間にも、誰かから聞いたのか、柔道部員男子の何人かがこそこそ、由夜の顔を覗きに来ていた。
しばらくすると遼子は戻ってきたが、先手とは打って変わって、複雑な表情だった。
よからぬ雰囲気を読み取って、す、と目を据わらせる。
「何て言われたの」
「え…OKはもらったんだけどね…その…」
「いいから答えて」
まるで自分が悪いことでもしてしまったかのように、遼子はぎゅ、と目を瞑って、言った。
「由夜を抱きしめさせろ…て」
「―――そう」
予想に反して淡々とした声だったので、驚いて顔を上げると、由夜は遼子の横を通り過ぎた後だった。
「由夜?!」
体育館の中へとどんどん歩んでいく背に声を投げるが、反応はない。
遼子は慌てて、由夜を追った。
由夜は迷いのない足取りで、部長へ歩み寄っていく。
彼の顔は彼女を見つけた途端、ぱあっと輝いた。
「おお!水無君ではないか!わが願いを聞き届けてくれたのだね!
いざかわそうではないか!熱い抱擁を―――
ぶぼっ???!」
―――ゴッ!!!―――
漏れ出た声と鈍い声が重なり、部長の体は宙を舞った。
そして顔面から激しい音を立てて落ちる。その際鼻血も出た。
由夜はあごを蹴り上げた足を降ろすと、置いておいたかばんを拾って、そして呟いた。
「男ってほんと下劣… 遼子、帰るよ」
と言い残して、さっさと去って行った。
「…ぶ、部長…?」
柔道部員が心配そうに覗き込むと、部長は少し咳き込む。そして彼は上の空で、やたら恍惚とした笑みを浮かべながら、呟いた。
「…け、蹴り上げる姿もまた美しいぞ水無君…」
そういい残すと、彼はかくんと意識を失った。
“やっぱあみだで決めた部長だから幸うす…”
と思いながら、柔道部員は叫んだ。
「部長―――――!!!!」
その騒動の隙に、遼子は苦笑しながらも、由夜の後を追った。