綺は陽菜の体に入った夢野(以後、夢野と表記)を手招きしながら言う。
「せん……夢野、ちょっとこっちに来て立ってくれる?」
「う、うん……」
立たせて見てみると、普段の陽菜との差異がよくわかった。
普段の陽菜は、少し線の細い雰囲気はあるものの、地に足の着いた感じがあったが今は全くない。もっとほわほわと浮かんでいるような、いつも夢を見ているような感じがあり、手の動きも何処か乙女ちっくで、足も内股である。
これが夢野の体だったら普通なのだが陽菜の体なので、今まで築き上げられた陽菜へのイメージと全く違うせいもあって、とてもちぐはぐに見える。
その差異に最もショックを覚えた麻斗は、奇声を発した。
「ぎゃーーッ!!気持ぢ悪ィーーー!!」
「き、気持ち悪いだなんて、ひどぉい!私だって、好きでこんな恰好してるわけじゃないんだよぉ!」
「ギャー!陽菜の口でメルヘン口調するなぁ!ギャース!」
そこへ、二人の会話に綺も混じる。
「でも、あたしもちょっと…気持ち悪い、かも…」
「綺もぉ?!皆ひどいよぉっ!」
夢野が目をうるうるさせたのを見て、麻斗は気持ち悪そうに綺に縋り付いた。
そんな三人の騒がしい会話を尻目に、聖は保健医に聞く。
「こういうことは、医化学的に有り得るのでしょうか?」
「有り得ないに決まってんでしょーが。でも実際に起こっちゃったものは仕方ないでしょ」
さすがこの学校に赴任しているだけあって、たいていのことじゃ驚かない。
「陽菜センセの体にはメルヘンちゃん、ということはメルヘンちゃんの体には陽菜センセがいる、と考えたほうが妥当よねぇ」
「そーいうこった」
陽菜が入っている夢野の体(以後、陽菜と表記)の方向から声がして、五人は振り向く。
そこにはニヤリとした笑みを浮かべたブラック陽菜が起き上がっていた。
麻斗は嫌そうに言う。
「げぇ。何でブラックが覚醒してるんだよ…」
「……ふむ。どうやら精神的ショックだけでなく、肉体的な痛みでも覚醒するらしいな」
「うぉらそこっ!”様”つけろっつったの忘れたのかぁ?」
ブラック陽菜は本棚から数冊の本を抜き出すと、麻斗と聖に向かってぶん投げる。
聖は腕を組んだまま余裕で避けたが、麻斗は頭に命中して顔をのけ反らせた。
「ぐぉっ!」
麻斗は痛そうに当たった箇所を摩る。
保健医はうんざりして首を横に振りながら言った。
「ちょっと。私の保健室を荒らさないでよ」
「けっ。誰がてめーの言うことなんざ聞くか」
「改心の余地なし、と。ほら、元包帯男、あれ暴れないよう止めといて」
「誰が包帯じゃあっ!」
保健医の変なあだ名に言い返しながらも、麻斗は律義にブラック陽菜を止めようとする。だがブラック陽菜のほうが力が強く、なかなか押さえ付けることが出来ない。
「ヒナって女だよな?何でこんなに力があるんだ―――っつの!」
「麻斗。そこを動くな」
「は?」
わけがわからず麻斗が止まっていると、聖はブラック陽菜の額に人差し指で触れる。
そして、日本語ではない、聞いたことのない言語を呪文のように呟き終わった瞬間、陽菜の体が電撃が走ったように一瞬縮み上がり、麻痺した。
「最近読んでる本で、相手の体を麻痺させる呪文が書いてあったのだが、意外と効くものだな」
「そーいう問題なのかッ?!」
保健医は綺を呼んで、バケツを渡す。
「ほら、バケツ少女」
「あ、はい。―――やっ!」
水しぶきを上げて、バケツの中の水はブラック陽菜にかかり、ベッドもじっとりと濡らした。
ブラック陽菜は失神して、その上に倒れる。麻斗は安堵したように額を拭った。
「ふー、一件落着っと」
「それはいいけどさ、これどうすんのよ、これ」
と保健医が指で指したのは夢野。
「陽菜センセ、今日授業あるでしょ。これで出んの?」
聖が眼鏡を上げながら言った。
「しかし、授業に出なければ教頭が怒ります」
「あー、あれね。うっさいよねぇ、アイツ」
保健医はしみじみと溜息をつく。
「柊、とりあえず職員室に戻って準備をして、授業してこい」
「う、うん。わかったぁ」
「私も一応ついてく。メルヘンちゃんだけじゃ心配だからね」
保健医は言いながら準備し始めた。
綺、聖、麻斗は立ち去ろうと立ち上がる。
「じゃあ、あたし達はこれで…」
「ちょっと待ちなさいな」
保健医の凄んだ声に、綺と麻斗はびくりと体を反応させた。
「これ、このままにしとくつもり?」
保健医が親指で指したのは、濡れたベッドに、散らかった本。
「いくら次に授業があろうと、これ元通りにするまで帰さないから」
「「は、はい…」」
綺と麻斗はびびりながら頷き、聖はめんどくさそうに息を吐いた。
<続>